=2026年5月1日午前10時(日本時間午後11時)ニューヨーク国連本部=
4月27日から5月22日までニューヨークの国連本部で開催されているNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議のNGOセッションの冒頭で、濱住治郎日本被団協事務局長(本会代表理事)がスピーチを行いました。その全文は下記の通りです。

原爆は人間と共存できない悪魔の兵器
議長、ならびに各国代表のみなさん、被爆者を代表して発言の機会をいただき感謝します。
私は、広島の胎内被爆者です。1945年8月6日、広島に原爆が投下された時、私は母のお腹の中で3カ月の胎児でした。父は爆心地近くの会社にでかけていました。爆心地から4kmの我が家には市内にいた親族が避難してきて、その日から30人が一緒に暮らす生活が始まりました。しかし、父親だけが帰ってきませんでした。母と姉たちが捜しに出かけましたが、持ち帰ったのは父のベルトのバックル、鍵束、財布の金具の3つでした。
我が家では避難者が次々に亡くなりました。町は避難者でいっぱいになり、死体が学校の校庭で毎日4~5体ずつ1カ月半も焼かれました。被爆者は人間として死ぬことも生きることもできませんでした。
父の死と引き換えに生かされた私は、父のことを思わない日はありません。戦争は終わっていません。いまだに世界に12000発もの核兵器が存在しているからです。ゼロにならなければ安心できないのです。
80年前の原爆投下は、いまも被爆者のからだ、くらし、こころに影響を与えています。原爆は人間と共存できない、悪魔の兵器です。
しかし被爆者は、人間として生きるために原爆に抗って生きてきました。今、国連のロビーで開催している原爆展をぜひご覧ください。
1956年8月10日に結成した日本被団協は、結成宣言「世界への挨拶」で「自らを救うととともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おう」と誓いました。それから70年、誓いを貫き、「ふたたび被爆者をつくるな」と国の内外で訴えつづけてきました。
NPTは、発効から56年。2000年の再検討会議で皆さんが約束し、2010年に再確認した「保有核兵器の完全な廃棄を達成するとの核兵器国による明確な約束」をすみやかに実行してください。
1982年第2回国連軍縮特別総会。総会議場で長崎の被爆者山口仙二さんが壇上で訴えました。
ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ!
戦争をしたから核兵器が使われたのです。戦争はしてはいけないのです。
核兵器も戦争もない世界の人間社会にむけ、ともに力を尽くしましょう。
ありがとうございました。
国連原爆展2026『ヒロシマ・ナガサキから80年:ヒバクシャ―核兵器廃絶へ闘いつづける人々』を国連本部・来訪者ロビーで開催!
