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活動紹介
【詳報】12/13 これからの継承を考える第1回ワークショップ
2026.02.12

 継承する会は被爆80年の昨年、被爆者がいなくなる時代を目前にして、継承する会が所蔵する史資料を活用しつつ、さまざまな分野における被爆者運動の「継承」のあり方(課題や方法)を考えていくための、ワーキンググループを立ち上げました。
 報道分野の方々との予備的な話し合い(6月)を経て、12月13日(土)に、第1回のワークショップを開催(於・プラザエフ会議室)。松田忍さん(昭和女子大学人間文化学部歴史文化学科教授)が近現代史研究の立場から「日本被団協関連文書の可能性―被爆者運動を歴史的に捉える意義―」と題する問題提起を行い、会場・オンラインによる30人余りの参加者により熱心な議論が重ねられました。

■ 問題提起「日本被団協関連文書の可能性―被爆者運動を歴史的に捉える意義―」(昭和女子大学松田忍教授)の概要

 1「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト―被団協関連文書―」(戦後史PJ)のあゆみ

 昭和女子大学の松田先生と学生による継承する会への協力は、2013年からの被団協運動史料の整理作業に始まり、その中から2018年、学生有志による共同研究として「戦後史PJ」が生まれました。毎週日曜9時からのオンラインミーティングを年間40回程度開催し、史料や論文を読み合わせ、企画案を検討し、11月の秋桜祭で企画展を開催してきました。これまでの企画展のタイトルと概要は以下のとおり。

2018 被爆者に「なる」(「被爆者として何かせねば」と立ち上がるには、それぞれのタイムラグがある)
2019 被爆者の「発見」(1977年、85年の調査などをつうじ、社会から被爆者が「発見」されていくプロセスを問うた。その後、被爆者が自らの被害を自覚していくことの意義に気づいてきた)
2020 被爆者の生きてきた歴史
2021 被爆者の足跡―被団協関連文書の歴史的分析から―(昭和女子大学光陽博物館で、1か月余にわたり開催。被爆者運動のあゆみを全体像としてとらえようと試みた)
2022 被爆者の「選択」(原水禁運動に励まされ1956年に結成された日本被団協が、その運動の分裂のなか、自立した被爆者団体として歩み出すプロセスを検討)
2023 被爆者たちが望む未来 あなたが望む未来―「原爆被害者の基本要求」を読む―(「基本要求」(1984年)の策定プロセスと内容を分析。全国の被爆者・関係者の声を聴いて文言を固めていった民主的プロセスが明らかになる)
2024 史料が語る日本被団協の歩み
2025 被団協関連文書をひもとく―私たちと史料との対話―
   (被爆者運動を語るとき重要と思われる史料を選択し、キャプションをつけて展示。2024年度は音声ガイドも活用。現在活動中の書籍化につながっている)

2.被爆者運動に関わる専門家 歴史学の関与が少なかったのはなぜ?

 医学者・医師、法学者・弁護士、芸術家・文化人、社会学者らに比べて、歴史学者らによる研究は少なく、戦後史PJのようなアプローチで被爆者運動史の歴史的解明をめざす動きはほとんどない。それはなぜなのか?
 被爆者運動が掲げる「ノーモア・ヒバクシャ」や「核のタブー」が絶対的な真理に見えるため、研究する意義があるのか?/被爆者運動を「唯一無二」の運動ととらえる意識が存在し、その研究で広く世界を理解できる道筋が引けるのか?/現在進行中の運動で、二大要求は実現していない…といった理由が考えられるが、「核のタブー」の共有も当たり前の現在ではなく、被爆者運動も戦後日本が生み出した運動で、他の運動との比較は可能。また、二大要求が実現していなくても、「受忍論」を明るみにさせ、核のタブーを世界に広げるなど、運動の成果の歴史的意義は検証可能だ。
 原爆被害への国家補償や核兵器廃絶を、被爆者が原爆体験を踏まえて考え続けてきた成果として、歴史的に選択されてきた要求であることを理解することで、それを受け入れるか否かを検証することができる。
 「ペリー来航が日本の近代の始まりである」という歴史認識と同じ次元で、「被爆者運動史を念頭に置くことで、日本の戦後史をより深く理解できる」と、被爆者運動を組み込んだ歴史認識をつくっていくことが、歴史学研究の立場からの継承の基盤となる。

3.継承すべきものは何か?

 継承すべきは、「あの日」を中心とした被爆体験ではなく、原爆によって捻じ曲げられた人生の総体としての「原爆体験」。そのなかに含まれるものとして、被爆者運動のあゆみもある。
 実は、原爆体験の継承はすでに実現中のことだ。被爆者運動の活発だった1970~90年代の運動を担った田中熙巳さんらの世代の多くはすでに亡く、21世紀の運動の盛り上がりを支えてきたのは「若い」被爆者たちだ。先輩被爆者たちの原爆体験や運動の経験を学びながら成長し、ブックレット『被爆者からあなたに―いま伝えたいこと』も刊行。「先輩」の原爆体験を知ることが継承のキイとなっている。

4.歴史学として被爆者運動に何をすべきか

 これまでの研究のなかで、被爆者運動の歴史について、何がしか社会に還元したいとの機運が高まっており、現在、戦後史PJで本づくりの計画を協議している。
 現在に至る被爆者の思考を追体験することが重要ではないか、との認識のもと、「被爆者運動が指し示してきた論点」を整理しながら章立てを考えている。

 1)被爆者運動を知るための手がかり:社会保障ではなく国家補償を求める選択⇒ いのち・くらし・こころにわたる原爆被害の全体像の究明⇒「あの日」から被爆者に起こったすべてのこと(原爆体験)への気づきを生み出し、原爆に抗う自立した被爆者に「なる」
  仲間と手を取り合い(ヨコの関係)世代を超え学び成長するタテの関係
  人びととともに、専門家や市民、世界の人びととともに歩む被爆者運動
  世界に語りかける被爆者たち(NGOシンポ、SSD、国際法廷運動、NPT,ヒバクシャ国際署名…)

 2)被団協関連文書の可能性
  伝えるための「仕掛け」として、論点を説得的に示す史料の掲示や、被団協文書を利用した模擬授業案(先生向け)、中高生の調べ学習のネタになりそうなコーナー、なども考案中。

5.おわりに ― 歴史学研究の分野から考える継承とは…

  「被爆者運動とは何か」を明らかにし、被爆者が歩んだ道のりを歴史像として広く共有する、被爆者の存在を組み込んだ戦後史像(歴史認識)の形成にある。水俣病など戦後の他の運動との比較もしてみたい。

■ 問題提起を受けて~討論のあらまし~

 以上を受けて、事務局の栗原から継承する会が所蔵する史資料の現状、被団協結成以来の二大要求と「受忍論」への抗いについて、さらに戦後史PJによる展示の企画をとおして原爆被害への理解が深められた事例として、2021年の特別展で、石田忠による被爆者に拮抗してはたらく二つの力(〈漂流〉と〈抵抗〉)を、観る人たちにどうしたら伝えられるかと工夫し作成した「雨の図」を紹介した。

 その後、会場・オンラインの参加者による討論が行われました。

・両親が広島で被爆、母親は自分が4歳のとき亡くなり、生まれた弟も死亡した。被爆二世として、自分のことはいいが、子どものことが気になり、声をあげるにはためらいがある。
 国家補償をめぐっては、民主主義国家では国家とは我々自身の問題でもある。犠牲を強いてはならない被害とは何かを我々自身が明らかにし、「特別の犠牲」を強いられない権利を求めていく必要がある。

・2018年の被爆者に「なる」の展示の頃、武蔵大の学生とともに勉強した。活動の冊子や調査原票のことばを読みといて、発見していった。日本社会は涙を流している人がいても動かないと言われるが、そんなことはない。被爆者たちは試行錯誤しながらも成果をあげてきた。その証拠があると見つけたとき、学生たちは変わっていく。継承する会の活動は、若者らに響く可能性をもっている。何かが固まっていく過程の展示が心をうつ。

・去年まで22年、立教で研究していた。韓国では、国家権力の研究PJに属しているが、被爆者の問題は欠かせない一つのテーマだ。広島でも運動記録の保存をどうするか、つねに相談しているが、“ノーモア・ヒバクシャ”には在朝、在韓も入り、いっしょに教育できるものとしてやっていくべきではないか。市場(淳子)さんの史料も、韓国では「戦後処理」に入れられているが、もっと普遍的な“ノーモア・ヒバクシャ”の史料の共有がされれば、全体が見えるようになるのではないか。

・3歳のとき広島で被爆し、3年前に目覚めた。大戦の総括がなされていないので、言えない部分もある。被害の実相を知り、語るとともに、戦争の不条理さをもっと訴えねばと思う。

・長崎・広島では、継承はやって当たり前。どのように、何を継承するかは語られるが、なぜ継承しなければならないのか、はなかなか問題にならない。PJの学生さんらのように、言語化し伝える努力が必要だ。原爆資料館では展示が更新されているが、公的資料館には被爆者運動の展示はほとんどない。

・アメリカの公文書館の原爆・核実験資料を収集し、分析・研究してきた。ABCCに資金提供してきたのは米原子力委員会。米軍による広島・長崎の医学調査史料は当初から軍事機密扱いだ。肥田先生の著書によれば、70年代に国連に援護を訴えたとき、国連は日米政府から「死ぬべき者は死んでおり、今はもういない」と報告を受けているのでその必要はない、と答えたという。日米政府は隠したい。被団協がギリギリのところで国家補償を求められるスタンスをとったことは、歴史的な意味をもっている。

・ノーベル賞をきっかけに、メディアも受忍論に一定の関心を持ち始めている。受忍論がなぜ日本社会で続いているのか。戦後史に、被爆者や空襲被害についての戦争責任を位置づけていく必要がある。それを支える国民の無関心や日本社会の問題性にも、被団協と空襲被害者が連携しつつ研究をすすめ、切り込めればと思う。

・日本政府の核廃棄物の海洋投棄や仏核実験をめぐる国際署名を広げ、マーシャル諸島の人々の反対運動と協力してきた。核実験や核開発被害者などグローバル・ヒバクシャとの協力に、問題が広がっていくことで水がうすまるとの批判もあるが、それは矛盾ではなく力を強めていくことにつながる。共有性をもって広げていくことを重視したい。

おわりに ― 松田先生から

・ピンチはチャンスだ。危ない時代、戦争が起きたら同じことが起きる。今だからこそ、この運動について、聴く土台がある。
・継承する会に言いたい。光葉博物館での「被爆者の足跡」展の英訳がすばらしかった。
 “Enduring Legacy Left by the A-and H-Bomb Survivors(朽ちることのない被爆者の遺産)。

【資料】
「日本被団協関連文書の可能性 ―被爆者運動を歴史的に捉える意義―」(松田忍、2025年12月15日)
ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会クロノロジー(栗原淑江)
戦争責任と被爆者(略年表)(栗原淑江、2025年1月改訂)
被爆者運動に学び合う学習懇談会一覧(栗原淑江)

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